………どうして、奪われなければならないのだ。
彼女が見ているのは、私なのに。
こんなに近くにいるのは、私なのに。
私は、彼女を。
―――…アシュ、を。
情欲で真っ赤に染まったアシュの顔を、節くれだった大きな両手が包んだ。
不意に動きを止めたザイの顔が、目と鼻の先にまで迫る。
触れそうで触れない距離の中、互いの熱い吐息だけは重なっていた。
暗がりの中で、アシュは目の前の男を凝視する。
薄暗いベールで包まれた空間でも、男の表情ははっきりと見えた。
…いつもの無表情ではなかった。
目の前にあるのは………揺らぐ瞳を添えた、切ない…。
「―――…忘れろ」
聞き慣れた低い声は、震えていた。
泣きそうなくらい、震えていた。
数秒の間を置いて、快楽に塗れた頭は言葉の意味をようやく理解したが…その直後、アシュの意思とは無関係に、涙が零れ落ちた。
同時に、行為が再開される。
「―――…忘れ、るんだ」
「…嫌っ…」
「…忘れ、ろ………忘れてくれっ…」
昇りつめる意識に溺れていく中、アシュはただただ呪文の様に、「嫌だ」という言葉を繰り返した。
アシュは最後まで、泣き止んでくれなかった。
ずっと、泣いていた。
泣かせたくないのに。


