亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~



………どうして、奪われなければならないのだ。





彼女が見ているのは、私なのに。










こんなに近くにいるのは、私なのに。

















私は、彼女を。

























―――…アシュ、を。






























情欲で真っ赤に染まったアシュの顔を、節くれだった大きな両手が包んだ。
不意に動きを止めたザイの顔が、目と鼻の先にまで迫る。
触れそうで触れない距離の中、互いの熱い吐息だけは重なっていた。


暗がりの中で、アシュは目の前の男を凝視する。
薄暗いベールで包まれた空間でも、男の表情ははっきりと見えた。












…いつもの無表情ではなかった。



目の前にあるのは………揺らぐ瞳を添えた、切ない…。





























「―――…忘れろ」







聞き慣れた低い声は、震えていた。

泣きそうなくらい、震えていた。







数秒の間を置いて、快楽に塗れた頭は言葉の意味をようやく理解したが…その直後、アシュの意思とは無関係に、涙が零れ落ちた。



同時に、行為が再開される。












「―――…忘れ、るんだ」

「…嫌っ…」

「…忘れ、ろ………忘れてくれっ…」











昇りつめる意識に溺れていく中、アシュはただただ呪文の様に、「嫌だ」という言葉を繰り返した。




























アシュは最後まで、泣き止んでくれなかった。







ずっと、泣いていた。


















泣かせたくないのに。