多忙なアシュの父は、滅多にあの屋敷には帰って来ないのだという。
だが不在の主な理由は、溺愛する一人娘の救出に走り回っている事らしい。
貴族の地位を最大限に利用し、報奨金という言葉をばらまいている有様だ。
「………明日は、あの街で行商人が多く出入りする日だ。朝から馬車も多く通る」
「………」
「………街の中までは無理だが……………明日、連れていく」
「………」
「……………………いいな、アシュ」
「―――………………ええ…」
…覚悟はしていたが。……明日、とうとう家に帰るのだと…この奇妙な旅にもピリオドが打たれるのだと分かると、何故か自然と笑みが零れてきた。
楽しくも嬉しくもないのに。
…ああ、これは嘲笑なのかな。
形のいい眉を八の字に曲げ、しかし口元には笑みを浮かべながらアシュは溜め息を吐いた。
「………明日の、朝?」
「………そうだな。……早い方がいい」
「………………そっか。…朝っぱらからか」
…そう言った直後、不意にアシュは立ち上がり、何気なくザイの隣に腰を下ろした。
…最初は少し抵抗があったが、今ではすんなりと身体が動くし恥じらいも無い。
人間とは慣れれば何だって出来てしまう気がする。
隣の大柄な身体にそっと身を寄せると、相変わらずの無愛想な目がこちらを一瞥してきた。
「………………全部…一から、変わらないかしら…」
微笑を浮かべて呟くアシュは、同意を求めるかの様にザイを見上げた。
何を、と言わんばかりにザイは首を傾げる。
「…全ー部よ。全部。…生まれた時も、場所も、何処の子供として生まれてくるのかも……何もかも…全部、変わらないかしら」


