街に近付くにつれ、彼女から元気が無くなっていった。
口数も少なくなり、笑うことも稀にしか無く、何の前触れも無く泣き出したりと…情緒不安定だった。
帰りたくない家に、帰らねばならないのだ。
帰りたくない。
……彼女の中で、その思いはよりいっそう強くなってきていたのか、いつぞやのあの一夜を機に、アシュはやけに甘えてくる様になった。
何かに縋る様に、求めるかの様に、泣きながら震える身体を寄せてくる。
ザイはただ、そんな彼女を慰める事しか出来ない。
彼女が寝るまで一晩中頭を撫でてあげたり、話を聞いてやったりもした。
その時によっては、身体を重ねた事も何度かあった。
そうすれば、彼女が泣き止んでくれるからだ。
そこに、特別な情は無かったと、ザイは思う。
ただ、胸の奥が、痛いだけだった。
何故痛いのか。何の痛みなのか。考えても分からなかった。
険しい岩壁の、陥没した穴の奥にある小さな空間で、いつもの如く焚火を起こして二人は暖をとっていた。
…自分の屋敷がある街が、小さな森一つ越えた近くにあるせいか…アシュの顔には影が落ちている。
そわそわと落ち着かない様子だったが、ザイは淡々と見てきた街の様子を簡単に説明した。
アシュの屋敷が賊の襲撃にあう可能性があり、街全体の空気がやけにピリピリしていることを伝えると、彼女は不安げな表情を見せた。
「………父様…屋敷に戻ってるのかしら…」
「いや。…どうやら、家主はいないらしい。別の街にいるようだ。屋敷にいるのは、召使だけだ」


