唖然と父の姿を見下ろしていると、反対側から甲高い悲鳴が響いてきた。
そちらに素早く目を向けると………あの二人の姿。
端の大きな岩の上に避難はしたものの、その岩さえも噛み砕こうとする蟲。
気持ちの悪い口から赤黒い舌が伸び、岩の上の二人を絡めとろうとしていた。
……考えている暇は無い。
レトはフードを深く被り直し、翻したマントの内から剣を抜いた。
………谷底へ繋がる階段も無ければ、伝う紐も無い。
殆ど直角に近い急すぎる崖だったが…。
レトは何の躊躇いも無く、崖の向こうに身を投げた。
……ガクン、と重力によって落ちて行く身体。
しかしレトはそんなものなど無視して………なんと垂直な崖を走って降りていた。
平面な地面を走るのと同様な自然な足取りで、真下の谷底に駆けて行く。
抜いていた剣でガリガリと崖の肌を削り…………中程の高さまで降りて来ると、そこから崖を蹴って高く跳躍した。
………谷底に吹き荒れる雪の中を、白い小さな影がクルクルと回転しながら跳ぶ。
華麗に回転するレトの小さな身体はそのまま、今にも蟲の牙に貫かれそうな岩の上の二人に向かって舞い………。
「―――…この人達は駄目だよ」
そう呟くや否や蟲の口が閉じられる寸前で、レトは落ちてきた勢いをそのままに、岩の上の二人を掠め取った。
―――ガチン、と空を噛み締めることとなった蟲。
そこから少し離れた所に、二人の人間をいっぺんに抱えたレトが音も無く降り立った。
「―――……大丈夫?」
そっと積雪の上に下ろして、二人に振り返った。


