………くぐもったか細い声が、風と共にザイの耳を掠めた。
それはあまりにも小さく、ザイの優れた聴覚でもはっきりと聞き取る事が出来なかった。
…顔を埋めたまま、アシュが短い言葉を紡いだ。
ザイは振り返らず、苦笑を浮かべたまま歩き続ける。
「……何だ?………文句なら、後で聞く…」
そう言うと、数秒遅れて…またポツリと、アシュが何かを呟いた。
「………ん?」
よく聞こえない、と言葉を続けようとザイは口を開こうとした。
その、一瞬の無音の中で。
か細い、震える声が。
囁かれた。
「―――………………好き…」
音も無く、風が頬を撫でていった。
あっという間に空気に溶けていく白い吐息が、一瞬止まって見えた。
容赦無く肌を刺してくる筈の空気の冷たさが、何故か今は、感じない。
感じない。
ただ、抱えた小さな身体の熱が、温かい。
柔らかな熱が、温かい。…そして。
…小さくて聞き取れない筈の彼女の声しか、今は、聞こえない。
「………………好きなの…………好き…なの…………………………………………ザイ………」
小刻みに震えた小さな言葉が、絡み付く。
この華奢な腕の様に、絡み付く。
舌の上まで出かかっていた言葉を飲み込み。
ザイは無言のまま。
ゆっくりと………ただ、目を閉じた。


