頭から被った分厚いマントから、見飽きた雪景色をぼんやりと…アシュは、見詰める。
ザイが一歩歩く度に、抱えられた身体が上下に揺れ、視界が動く。…揺れているだけなのに、なんだか心地よい気がする。ぼんやりしていると眠ってしまいそうだ。
………なんだか情けないが、自分が縋り付いている背中は広くて、大きくて。
(………どうして…)
………人の背中は、こんなにも温かいのだろう。
他人の、たかが背中。
彼の背中に身体を預けていると…酷く安心する。
とても…不思議。
いつだったか。下級層の民である親子を、馬車から見掛けた事がある。
小さな男の子が父親に背負われ、幸せそうな寝顔を浮かべていた。
貴族の世界では、あんなことはしない。だから、どうしてあんなに幸せそうなのだろうかと…思っていたけれど。
「………子供の気持ち……よく…分かった…」
「………何だって?」
ポツリと呟いたアシュの声に、ザイは振り返らず前を向いたまま言った。だが、彼女からは…何でもない、という小さな声しか返ってこなかった。
…あんなに騒がしかったお転婆な彼女が、急にしおらしくなってしまっている。
その豹変振りにはザイも内心では少々困惑しており、「分からんな…貴族」と誰にも聞き取れないくらいの小さすぎる声を漏らした。
「………足は痛むのか?…やはり、寒いか?……着いたら、もう少し火を大きくしよう。…まだ明るいが、今日は大事をとって…あそこで夜を明かそう…」
「………」
自分を気遣ってくれる、優しい声が聞こえる。
…それがまるで、小説の中で見た理想の優しい父親の様で……アシュは隠れて忍び笑う。


