弓自体は投げる物ではないし、先端は尖っている訳でも無いが、ザイが扱えば飛び道具の弓も鈍器や剣に早変わりする。
刺さる筈の無い弓は、ザイの凄まじい剛力によって槍と化していた。
情けない悲痛な鳴き声が響き渡り、腹から弓を生やしたブロッディは地面に倒れ込んだ。
血溜まりの中で呻き声を上げ、ブロッディは傍らに立つアシュに牙を向けてきた。
…眼前に広がる獣の血生臭い光景。
…ブロッディなど平気であると何処かで勝手に思い込んでいた自分だったが…いざ襲われてみると、平気だなんてとんでもない。
あまりの恐ろしさに足に力が入らなくなり、バランスを失った身体はゆっくりと傾いた。
すぐ脇には、小さな坂がある。
ふらつく足は直ぐに坂の傾斜に引き込まれ、負担が一気にのしかかった右足首に鈍痛が走った。
…ズルリと、そのまま坂を滑り落ちるかと思った瞬間………頼りなく空を掴んでいたアシュの手を、なんだか見慣れてしまった大きな手が、捉えた。
人一人くらい、ましてや女性一人くらい片腕で持ち上げる事など容易いザイは、無言でアシュを斜面から引き上げた。
…その場で、力無く座り込んでしまったアシュ。
彼女の眼前でザイは犬の腹に刺さったままの弓を引き抜き、牙を剥き出しにして見上げてくる憎々しげな頭に向かって、剣を振り下ろした。
………肉を断つ際の、何とも気味の悪い独特の音が、一つ。
ゴロリと転がる犬の生首からは血飛沫が舞い、ザイのマントを純白から赤へと染めた。
…カチン、と剣を鞘に納める音が……無言の二人の間に妙に、響き渡る。
彼女に背を向けたままのザイから、溜め息にも聞こえる吐息が漏れた。


