亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~




反射的に、身体は動いた。


強風で靡くマントを翻し、太いベルトに差し込んでいた弓を掴み、一瞬でニメートル強の長さに姿を変える。
柄を握り、細い弦に指を絡め、上半身の力を使って両腕を左右均等に開く。

それらの動きは、一秒にも満たない程の速度だった。

弓を構えれば、いつの間にか大気中から構成された氷の矢が鋭い先端を光らせ、ザイの頬に触れていた。



研ぎ澄まされた“狩り”の感覚が、獲物の形、大きさ、互いの距離、位置を捉え、標準を決め。







「―――退けっ…!!」






番えていた矢は、使い手が意識しなくとも自らの限界を知って飛んでいく。
例え様の無い空を切り裂く弦音が響き渡ると共に、氷の刃は閃光を放って吹雪を貫いていった。










粘り気のある生暖かい鮮血が、驚きのあまり硬直していたアシュの頬に付着した。

真っ白な積雪にどろりと垂れ、染み込んでいく赤。
小刻みに震えるアシュの目下には、眉間から頭蓋骨が陥没した血まみれの 獣…否、今はただの屍が横たわっていた。







………ニメートルにも満たない屍は、若いブロッディだった。


氷の矢は砕け散り、脳天には風穴だけが残る。





…この辺りに潜んでいたのだろう。アシュの背後…雪中から飛び掛かろうとしたブロッディをなんとか射殺したザイだったが……脇目も振らず、アシュの元へ走る。


ほとんど足跡がつかない独特の駿足で一気に距離を詰めながら、ザイは手にしていた長い弓を、まるで槍の様に前方へ投げた。


回転しながら真っ直ぐ突き進む弓。

思わず悲鳴を上げるアシュの傍らを通過し、それは彼女に飛び掛かろうとしていた別のブロッディの腹に突き刺さった。