亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~


普段あまり使わない声帯で、大声を張り上げて彼女の名を叫んだ。

更に近付こうと距離を詰めるべく、一歩踏み出した直後…アシュは、立ち止まった。


ゆっくりと振り返った彼女の顔は、吹雪のベールでほとんど見えない。
だがしかし、どんな表情をしているのかくらい…分かっているつもりだ。








「………どうして追い掛けてくるのよ。…そんなにあたしを………帰したいの?」




「………帰るべきだと、言ったのだ。………お前には、居場所がある。…お前がいるべき場所が…」




「勝手に決めないでよ!!………居場所?…あたしは…行きたい所へ行く。あたしが行きたい場所が、あたしの居場所よ!!少なくともあの家じゃないわ!!貴方何も分かってない!!分かっていないのよ!!………………………………帰りたくない…」







どうしてだと思う?






歌い続ける風の群れ。
奏でられる不協和音。
憎らしいほど純白で無機質な白銀の雨。


止むことを知らない舞姫達に囲まれた舞台で………アシュはギュッと両拳を握り締め、唇を噛み締めて、ザイへ…言葉を紡ぐ。



…どうしてだと思う?



………最初に言った通り、あたしは自由が欲しい。

自由を求めて家を出た。

自由のために、家を捨てた。貴族を捨てた。身分を捨てた。豊かな人生を捨てた。


だから…帰りたくない。













………最初は、そうだった。



今もその気持ちは変わらない。

だけど。














「だけど………あたしは………あたしが帰りたくないのは……」














………瞬間。

―――…佇むアシュの足元で、小さな雪の塊が跳ねた。