『ほんとうに、すまなかった』


実の父親だという“あの人”は、
何度も頭を下げて、
あたしに謝った。



ほんとうに、
この人があたしの父親?


実感はまるでなかった。


もらった名刺には、
誰でも一度は聞いたことあるくらいの
会社の代表取締役って書いてある。


確か、苗字は、“香椎”。



母は
すごい相手と付き合ってたんだな…。



あの人は、
母と別れた後、結局本妻とも別れて
今は一人で暮らしているんだ
とか言っていた。



中2の初秋。

たった1時間程度。



ジャズバーを出て、
あたしへのプレゼントだという
バラの花束を差し出してきた。


あたしは受け取らなかった。


それで終わりだった。



どんな色のバラだったかも
もう覚えていない。






「…おとうさんは、
あたしに、最期に“あの人”に
会わせようとしていたんだ…」


あたしは、目を伏せてつぶやいた。



父は、最近知人を通して、
あの人が病気だってことを
聞いたんだと言っていた。



ヒオカ先生は
神妙な面持ちでうなずいて言った。


「台風のときの…
車でのあの電話が…そうだったんだ」



「うん…」


だけど、
死に目に間に合わなかった。


はじめから
行くつもりはなかったけど。



なのに…

母の病院のカフェスペースで
父から、あの人が亡くなったんだと
聞いたあと、

床にへたり込んで
なかなか立ち上がれなかった。