高坂達が飛び出したホール内で、壁にもたれてステージ上のレダを睨むように、中山美奈子は立っていた。

一時期は劇団を率いていたことがある美奈子は、レダの歌を理解することができていた。

しかし、そのメッセージが伝えたいことを知っていた美奈子にとっては、それを歌うレダの存在こそが注意すべき相手であった。

勿論、周囲にも気を配っていた。

(人間以外の気は感じない。恐らく…レダも人間。まだそれくらいで、確証はできないが…)

そこまで考えてから、美奈子は息を吐いた。

「フゥ〜」

会場を支配する静けさと、妙にリンクしてしまった自分の緊張感を解く為だった。

(それにしても…ここまでの歌唱力とはな)

美奈子は改めて、レダの歌声に感心していた。

(部長)

そんな美奈子の頭に、麗菜の声が響いた。

「うん?」

目だけを動かした美奈子は、会場から出ていく明日香の姿をとらえた。

(あの人は!)

思わず目を見開いた。

美奈子の記憶が一瞬で、過去に飛んだ。

まだ人間だった頃、美奈子の劇団は、里緒菜のコネで…高校生の頃の明日香を主人公にした劇をするはずだったのだ。

しかし、劇団員だった松野彩香が、魔獣因子に目覚めたことにより、美奈子の日常は激変した。

そして、魔物の腕を移植された神野真也との出会い。

さらに、劇団に紛れ込んでいた…炎の魔神リンネとの遭遇。次々に起きる日常の変化が、美奈子の体に眠っていた女神の力を目覚めさせる結果になった。

そして、彼女は…人間ではなくなった。

もし…それらの出来事がなかったならば…美奈子は今でも、劇団を率いて幸せに過ごしていたかもしれなかった。

(幸せ?)

美奈子は、そんな考えを鼻で笑った。

(何も知らないことが、幸せだというならな)

美奈子は、明日香が扉の向こうに消えても…しばし、見つめていた。

(知ってしまったからには)
美奈子は拳をぎゅっと握り締め、

(戦うだけだ!この世界を守る為にな)

改めて、決意を固めた。