演奏が終わった。

無駄な音を一切ない…完成された演奏とシンプルな楽曲。

それらを従えて、圧倒的な存在感を示す…歌姫。

拍手すら、忘れてしまう程の歌声に、観客は演奏の終了すら気付かない。

無音の空間に、観客が溜め息をつくと…次の曲が始まった。

ある意味…拍手ができるということは、余裕があるということであろう。

観客はただ…息をする自由しかない。

コンサートが終わるまで、魔法をかけられたように、観客は歌声にとらわれていた。

割れんばかりの拍手は、歌姫が頭を下げるまで発生することはなかった。

まったく別の空間に変わったような会場内で、高坂はずっと腕を組み、歌姫を睨むように見つめていた。

「…帰るぞ」

アンコールを求める観客の叫びに、高坂の声は、隣にいるさやかにも聞こえなかった。

アンコールとは叫んでいないが、さやかも手拍子をしていた。

「…」

そんなさやかを見て、高坂は観客とは違う溜め息をつくと、席を立ち…ホール内から出ようとした。

異様な熱狂の中、アンコールを待たずに席を立ったのは、高坂を入れて2人だった。



「どうなさいましたか?」

ホール内から出てきた女に気付き、関係者が慌てて近付いて来た。

「少し…息苦しくって」

女は関係者に微笑むと、ゆっくりと歩き出した。

「確かに…凄い歌手だわ」

近づいてくる女の雰囲気に、関係者は息を飲んだ。

「だけど…」

女の目が一瞬だけ、鋭くなった。

立ち止まった関係者の横を、女はすり抜け、

「自由がないわ」

そのまま、外への扉に向かう。

「歌を楽しめる自由が…」

女は、外に出た。

もう…真っ暗になっていた。

外を見上げても、コンサート会場の光で、星は見えない。

(本当に凄い歌手だったわ。だからこそ…違和感があった)

女は前を向くと、町並みに目を細めた。

(その違和感が…彼女にとっても、不本意だったら)

そのまま、一度目を瞑った。