「君は一度、仲間を裏切り…闇に染まったはず。今はどんなに体裁を整えようが、闇に染まった体が元に戻るはずがない」

黒のスーツに黒のシャツ、黒のネクタイに身を包んだ男は、にやりと笑った。

「仲間を裏切った?あたしに仲間などいない。だから、裏切った訳ではない。それに…」

足を止めた加奈子の全身から、黒い霧のようなものが立ち上った。

「あたしは、闇に染まったのではない!闇こそが真のあたしの色だからだ!」

黒い霧が、加奈子を包むと…粒子が固まり、まるで皮膚のような質感になった。

「黒龍の魔獣因子」

黒ずくめの男は、加奈子の変幻を見て、興奮から体をぶるっと震わせた。

「は!」

竜の姿になった加奈子は口から、火の玉を吐き出した。

「素晴らしい!」

男は歓喜の声をあげると、両手を広げた。

そして、敢えて…火の玉を全身で受け止めた。

「な!」

逆に、火の玉を放った加奈子が、絶句した。

男の胸元を、黒い霧のようなものが守っていたからだ。

「あ、あたしと同じ!?」

「違いますよ。この闇はね」

加奈子の攻撃は、霧の中に吸い込まれた。

「人間の心の闇…。底無しの闇。一部の支配者に搾取され、一生報われることのない人の闇」

男はゆっくりと、加奈子に向かって手を伸ばした。

「この闇を晴らすことができるのは、個人の幸せではない。この世界そのものの絶望!そう!この世界はもうすぐ、破滅する。すべての人間は闇に落ちる。平等に!しかし、あなたは違う!この世界で生きることが、地獄のはずです!」

「何が言いたい?」

加奈子は変幻を解き、人間の姿に戻った。

「この世界はもうすぐ…ある世界と融合する!しかし、その世界は魔が支配する世界!つまり、あなたのような素晴らしい力を持つ存在は、向こうの世界でこそいかされるのです!」

少し芝居がかっているが、自己陶酔している男を、加奈子は訝しげに見ていた。