いや…すべては思い出すことはできない。

しかし、本当にここにいたことは…確信できた。

「た、ただいま…」

高坂は返事をした。

中島は微笑みながら頷くと、さやかにも頭を下げた。

そして、ゆっくりと高坂の横に来ると、町並みを見下ろしながら、話し出した。

「この世界は、危機に瀕しているらしい。詳しいことはわからないけど…」

中島はちらりと、高坂とさやかに目を向け、

「君達は意図的であり、偶然であったとしても…時空の歪みに巻き込まれて、この世界に来たことになる」

そのまま、空を見上げた。

「時空の歪みだと?」

高坂は掴んでいた金網から手を離すと、中島の方に体を向けた。

「…」

さやかは、中島の横顔を凝視していた。

「どうして、歪み出したのかはわからない。その歪みを元に戻す方法を、僕の仲間が考えている。勿論…月の女神もね」

「月の女神?」

さやかの呟きに、中島は顔を向けると微笑んだ。

「!?」

さやかは、その微笑みに息を飲んだ。とても優しく柔らかい笑みであるが…あまりにも優し過ぎたからだ。

「…で、俺達に何を言いに来たんだ?」

高坂は、軽く中島を睨んだ。

「別に…大したことじゃないよ」

中島は高坂に笑顔を向け、

「ただ…気をつけてほしいから」

今度は…心配そうな表情になった。

「ありがとう…。気をつけるよ」

高坂がそうこたえると、中島は満足そうに頷き、

「じゃあ」

そのまま屋上から消えた。

中島がいなくなっても、しばらく口を開かなかったさやかは軽く深呼吸をした後に、高坂に訊いた。

「今の彼は、人間なの?」

高坂は、中島が消えた屋上の出入口を見つめ、

「少なくとも、かつては…人間だったよ」

フッと笑った。

「それに…どんなに変わろうが…あいつの優しさは変わらないよ」

「思い出したの?」

「いや…」

高坂は首を横に振り、

「そう魂に刻まれている」

胸に手を当てた。