その瞬間、里緒菜は走り出していた。

携帯を取り出し、場合によっては警察に知らせようとしていた。

しかし、里緒菜は、警察に電話をすることはできなかった。

路地裏から出てきた人物を見た瞬間、里緒菜は足を止めた。

「え」

携帯が手から滑り落ち、地面に落ちた。

「うん?」

路地裏から出てきた女も、里緒菜に気付いた。

「如月か」

女は、里緒菜の旧姓を口にして笑いかけた。

「部長」

里緒菜の瞳から、涙が流れた。

「元気そうでなによりだ」

「部長!」

涙で視界がかすれた。

「一体…今まで」

「すまんな」

「部長!」

涙を拭おうとした少しだけ、視線を下に向け…顔を上げた時には、美奈子はいなくなっていた。

「部長!中山部長!」

何度、里緒菜が叫んでも…美奈子が姿を見せることはなかった。

まるで…幻だったみたいに。

ただ…確かにいたことを証明するかのように、僅かな砂が美奈子の立ち止まった場所に残っていたが、涙目の里緒菜に気付けるはずがなかった。