「とにかく、あたしも行くね」

理香子は中島に頷くと、窓から飛び降りた。

「気を付けて!」

夏希のように変身することなく、着地した理香子は地面を蹴り、一気に走り出した。

(タイツの男から妖しい匂いがする!)

理香子は唇を噛み締めた。

(この匂いは!)

数秒で、半月ソルジャーの前に到達するはずだったが、黒い影が道を塞いだ。

(!?)

足を止めた理香子は、後方にジャンプすると、身構えた。

「御姉様!?」

理香子の口から思わず出た言葉に、黒い影は笑った。

「光栄だな。闇の女神と間違ってくれるなんて」

黒いコートを身に纏い、赤いマフラーを首にかけ、丸い眼鏡の奥の眼光が淀んでいた。

「男!?」

理香子は、細身の男から異様に強い妖気を感じていた。

きりっと男を睨むと、

「お前は、何者だ」

問いただした。

男の妖気は、世界に漂う不穏な空気に似ていた。

「ただの人ですよ」

男は、理香子の質問に笑いながら、こたえた。

「あり得るか!人間が妖気を漂わすなど」
「あり得るのですよ!但し、人間個人がではないですけどね」

即座に言葉に被せて来た男から、理香子は違和感を見切った。

(妖気が、絡みついている!?)

男から漂う妖気は、自身から発しているものではなかった。

驚く理香子の表情に気付き、男は眼鏡を人差し指で上げると、言葉を続けた。

「この世界を創った月の女神よ。貴女には感謝しますよ。幾多の世界の中で、人間が支配する世界は、ここだけです!しかし…」

男は突然、悲しげな顔をし、

「人間は、人間の中で、支配する側と支配される側をつくってしまった。僅かな支配者の糧になり、多くの人間は下らない人生を送らされている」

「何が言いたい?」

「大したことではありませんよ。ただ…それを自由を呼ぶ者もいますが、違う!誰も搾取される側には立ちたくはない。なのに、支配者は自らを勝利者と語り、誰でも自分になれたと嘘を語る!そんな可能性なんてなかったのにだ!」