「す、すいません…」

明かりの消えたマンションの一室。その真ん中で、怯えながら携帯電話をかける男。

「ひ、人を…」

男の足下に広がる血溜まり。

「こ、殺しました」

この言葉を聞いて、着信を受け取った者は、にやりと笑った。

「毎度あり」

それだけ言うと、携帯は切れた。

数分後…明かりが消えた部屋に、外からの光が射し込んだ。

まだ12時前だ。

開けたドアを締めると、藤崎聖人は、顔をしかめた。

「いい匂いだ」

鉄分を含んだ独特の匂い。それは、血の匂いだった。

黒のコートを翻し、藤崎は、土足のままマンション内に上がった。

「こんちは!ご連絡ありがとうございます」

匂いが漂ってくる部屋に、足を踏み入れようとした藤崎は、床に落ちている名刺を気付き、拾い上げた。

そこには、自分の名前と携帯電話が書かれてあった。

「処分するものは、どこですか」

血溜まりの中で、こちらに尻を向けて、土下座するかのように、頭を床につけている男がいた。

先程、電話してきた男である。

「処分するものは?」

最初、藤崎も…懺悔の土下座だと思ってしまった。

しかし、その考えは数秒で、変わった。

「やれ、やれ」

藤崎の耳に、微かに聞こえる…ピチャピチャという音。

「一番、最悪のパターンだ」

藤崎は、頭をかいた。

男は、土下座をしていた訳ではなかった。

床に溜まった血を、舐めていたのだ。

蜥蜴のような長い舌で。

「チッ。殺した反動で、目覚めたか」

藤崎は、舌打ちした。

「本当に…ついてないな」

名刺を胸ポケットに突っ込むと、藤崎は立ち去ろうと、男に背を向けた。

「他を当たるか」

欠伸をして、部屋を出ようとした藤崎の背中に向けて、何かが飛んできた。

振り返ることなく、それを避けた藤崎。

飛んできたものは、針のように細く長くなった舌であった。

壁に突き刺さった舌を見ることなく、振り向いた藤崎は、人間ではなくなった男を睨んだ。