そして、歩き出そうとする真田を、俺は慌てて止めた。

「待て!」

「最後に、一つだけ忠告しておこう。お嬢様の好意を裏切るな。お前がもし、この世界を救いに来たならな」

真田は足を止めることなく、階段下のフロアから消えた。

入れ替わりで、猫沢が姿を見せた。

「帰りましょうか?お嬢様」

深々と頭を下げた猫沢の丁寧な口調は、茶番劇の始まりを意味していた。

そして、拒否できないことも。

(どういう意味だ?)

俺もまた、茶番劇をキャンセル気にはならなかった。

開八神茉莉の肉体の謎や、いろんなことが気にかかったからだ。

(とにかく、渦中にいることは確かだ。今のままで、探ろう)

俺は軽く深呼吸すると、階段を下りた。



その頃、廊下を歩き、屋上に繋がっていない反対側の階段まで来た真田の前に、太陽の姿をした茉莉が現れた。

「太陽様に、何を話した?」

茉莉の存在に気付くとすぐに、真田は跪いた。

「大したことは…」

「できすぎたことはするな」

茉莉は腕を組むと、跪いている真田の頭に右足を置いた。

「太陽様が、あたしを裏切ることがあると、お前は思っているのか?」

茉莉が足に力を込めると、真田の顔は床に押し付けられて、めり込んだ。

「滅相もございません」

「太陽様は、運命のお方。次に、いらぬことを口にしたら、殺す」

茉莉は足をどけると、真田に背を向けて、歩き出した。

「は!」

めり込んだ床から、顔を上げると、再び跪き、頭を下げた。

そして、立ち上がると、茉莉の後ろについて歩き出した。

「…」

前を歩く茉莉の背中を見つめ、真田は割れた眼鏡を指で押さえた。

(我が主君の命は、絶対。例え、世界が滅んでも、従うが家臣の務め)

そう決心しながらも、真田は渡り廊下に出ると、横目で窓の外を見た。

(しかし…)

心の中で浮かんだ言葉を、真田は敢えて消し去り、茉莉の背中にもう一度、頭を下げた。