「人の数が増えますね。圧倒的に」

男は、グラスに手を伸ばすことなく、中の琥珀色の液体に目をやった。

「しかし!すぐに減る!魔物餌食になって」

「?」

男は、眉を寄せた。

そんな男の表情の変化に、満足げに頷くと、白髪の男は一気にワインを飲み干した。

「何万人…いや、何億人の命が一気になくなるのだよ。ディーン君」

白髪の男の表情も、変わった。目を細め、ディーンと呼んだ男を見つめた。

「…」

無言で答えながらも、ディーンは白髪の男の言葉で、目的を知った。

会話の空気を変える為に、ディーンはワイングラスに手を伸ばし、一口だけ飲んだ。

その行動に、すべてを理解したと確信した白髪の男は、満足げに何度も頷いた。

それから、次々と料理が運ばれて来たが…ディーンは楽しむことができなかった。

頭の中では、白髪の男の企みに関して考え込んでいたからだ。


「失礼します」

食事が終わった後、席を立ち…そのまま立ち去ろうとするディーンに、白髪の男は口許をふきながら言った。

「ディーン君。どんなときでも、楽しむこと。それが、人生で一番大切なことだ!」

そう言った後、ガハハハと笑う男に、深々と頭を下げると、部屋からディーンは出た。

「兄さん」

廊下に出ると、金髪で軽く天然パーマぽい頭をした…細身の男が待っていた。

「レーン」

ディーンは、弟の前を通ると、睨みながら歩き出した。

「あの人は、やるつもりだ」

「!」

後ろに続くレーンが、慌ててディーンの横に来た。少女のような美しい顔を歪めて。

「異世界の人間達の命を触媒にして、巨大な魔法陣を発動させるつもりだ」


そこまで言ってから、ディーンは舌打ちした。

「それも、魔物達に向かってではない!防衛軍本部に向けて、攻撃魔法を発動させるつもりだ。何億人の命を糧にした魔法だ!その威力は、女神の一撃をも凌駕するはずだ!」

「!」

「くそしじいが!」

吐き捨てるように言ったディーンが去った部屋では、白髪の男がワイングラス片手に笑っていた。

「人間を支配するのは、この私だ。あの女神の小娘でもなくな」