片翼の天使

「座れ。これやるから」



海斗の右側に腰を下ろした私。

氷の音がカランと綺麗に鳴るグラスについでくれたのは、カルピス。



「お前、好きそう」



あ‥色が牛乳色だから?



『ふっふふふ‥』



海斗にはとても似合わない可愛い思考に、思わず笑ってしまった。



「あ?笑う要素がどこにあんだよ」



そう言った海斗は、薄暗い中でも分かるくらい顔を赤くして笑っていた。



「なぁ‥魅?」



私がカルピスをひとくち飲んだ時、海斗は、悲しそうな眼差しで私に問いかけた。



「本当に‥覚えてねぇんだな」



あの蒼銀髪の人のコト‥?



「俺がお前を好きだっつったのは‥覚えてるか?」



私はコクンと頷く。



「じゃ、お前が俺をフったのは?」



--‥覚えてるよ。

洗面所で‘ごめん’と‘ありがとう’を伝えたんだ。



「じゃ、その理由は?」



理由‥

う‥頭がズキズキする。



「お前には、好きな奴が居たからだよ」



その顔つきと声は、

悲しく
切なく

でも、どことなく

誇らしげだった。



「俺は、お前とアイツに幸せになって欲しくて身を引いた」



その瞳はゆらゆら揺れて、零れてしまいそう。



「ふっ‥ゆっくり、な?」



私の頭をそっと撫で、立ち上がった海斗。



『待って』



声に出ない声を出しながら、私は咄嗟に海斗のTシャツの裾を掴んでいた。



「どうした?」



私は、あの蒼銀髪の人について聞きたかった。

私が忘れてるのは、あの人のことなんでしょう?


私が“好きだった”のは、あの人なんでしょう?


ねぇ‥なんで私は、あの人のことを忘れてるの?



みんなはその理由を知っている。

知ってて言わないんだ。


それはおそらく、私の為。私を護る為の沈黙。


でもっ

あの人の事、もっと知りたいっ!



「お前はほんと顔に出るのな」



苦笑いをした海斗。
少し「うーん」と考えた後、



「後悔しないか?」



そう聞いてきた。
それから



「忘れた方が、幸せになれる時もあるんだぞ?」



って。

私は、海斗の優しさを胸に入れながら、

『うん』

と、首を縦に動かした。


海斗は



「あ~ぁ。もう‥うちのお姫さまは」



って言いながら隣に座った。