「おいっ、みー!」
『魅っ』



ワタシの足は勝手に走り出していた。





違う

違うっ

違うっ!!!


アノ人が待ってたのは、“私”じゃない。

あの黒髪のお姉さんなんだ。


“私”じゃないんだーー‥




走って走って走って



走るしかなくってーー‥



彼が言った事は、ワタシの中でどこか浮遊したものだった。


“嘘”だって。



今までアノ人がワタシに落とした言葉こそが本物だって。



でも、



皮肉にも“アノ人自身”が彼の言葉を確かなものにした。



ワタシが初めて愛した人は、ワタシだけを愛してはくれなかった。


ただそれだけの事。




なんだろう、この感じ。

ふっと頭が冷静になっていく‥



涙なんて出なかった。

悲しいなんて思わなかった。



そう‥



元に戻っただけ。
また戻っただけ。





「はぁはぁはぁ‥」



もともと5秒しかもたないワタシの全力ダッシュ。




ガシッ



「みーっ!!」



階段を駆け下りてすぐに掴まった。



「みー‥」



ワタシの名を呼ぶ彼。



ワタシと同じ真っ黒な瞳でワタシの真っ黒な瞳を見つめた彼は、



ぎゅっとワタシを抱きしめた。




空は飽きずに泣いている。


びしょびしょになって、きっと化粧もボロボロ。



雨に濡れて重くなった浴衣が煩わしい。


鼻緒が擦れてズキズキする。




それとは反対に、

さっきまでズキズキしていたココロは

いつの間にか何も感じなくなっていた。




彼は、ワタシの顔をその胸に押し付けて、そっと頭を撫でていた。





雨の音がうるさくて

祭を片付ける音がうるさくて

行き交う人々の音がうるさくてーー‥




階段の上でその光景を見ていた蒼銀のアノ人のことなんて


気づくはずもなくてーーーー‥





ーーーーーーーー‥





真っ黒な猫は


真っ白な翼を求めた。




けして



けして



求めてはいけなかったのに。




空は飽きることなく

泣いているんだ。