少しずつ、少しずつ……
細心の注意をはらって、ようやく隣のベランダに到着した。

私の部屋の前だろうか。
人の騒ぐ声が聞こえる。


『これと、これを持って……』

そんな状況に顔色も変えず身支度できる輝には、本当に尊敬するよ。

こんな様子なら、わざわざ隠す必要もなかった気もするし。


しばらくして荷物が纏まったらしく、大きな鞄を肩に担(カツ)いで玄関に向かった。

『手ぇ出して』

突然出された手に戸惑ってしまう。
そんな私を輝が急かすから、慌てて手を握った。

『絶対に離すなよ』
『え? あ、う、うん』

もしかして、このパターンって……

『一気に突き抜けるからな』
『やっぱり!?』

咲耶の時と同じ戦法じゃん!

しかもあの時と違って、出口はこの小さな扉だけ。

絶対無理だよ……

『開けるよ。 3、2……1』

無理無理、絶対捕まる!

『ゼロ!! 走れ!!』

輝の声と同時に開け放たれた玄関から強い風が吹く。

扉の開く大きな音につられ、報道陣がこちらに気付くけど……


もう遅い。

私達は全速力で階段を駆け降り、もう脱出目前だった。

私達は2人。
相手は大群。

重い機材を持った報道陣は、追い掛けようと階段に差し掛かったけど、同業者だらけで上手く前に進めない。

玄関を突破してしまったら私達の勝ちだと、きっと輝は核心してたんだ。

凄いよ、本当に。
ここまで肝が据わった人って中々いないよ。



『あー、疲れたぁー』

報道陣をまいた後、そのまま駅へ。

輝は乱れた呼吸を整える為、ベンチに身を預けた。

『……何処に向かう? 温泉宿とかでのんびりしちゃう?』

何だか駆け落ちみたい。
つい笑っちゃう。


『いや…… 中林グループの本社ってどこにある?』
『……え?』

突然何を言って……

まさか、まさか?

『俺、親父と話をしてくるよ』

やっぱり……