言ってから、ハッと気付いた。
言ってはいけない事を言ってしまったと……
『そうかよ。 お前の気持ち、十分わかったよ』
静かな部屋に、低い男の声が響く。
『後で謝っても遅いからな!』
バンッと怒りに任せ閉まる扉。
あまりの衝撃に、壁に掛けてあったキーケースが玄関のタイルに落ちてしまった。
悲しいという気持ちより先に、意味のない脱力感。
終わったような、終わってないような……
とにかく、放心状態で、動けないでいた。
どれくらい経ってからか、コンコンと扉を叩く音で我に返る。
『凄い振動…… うちの棚まで揺れたんだけど』
そんなふうに言って入るのは、やっぱり輝。
『ほんと…… うちもキーケース落ちたよ』
ふふっと笑いが漏れて、落ちたキーケースを拾う。
それと同時、頭に温かい手が触れた。
その手は、私を慰めるように往復を繰り返す。
「いい子いい子」ってするみたいに……
『ごめんね』
なんて言うから、拍子抜け。
『盗み聞きすんなってば』
『ははっ。 だから壁薄いんだって』
やっぱり聞いてたんだね。
だから、そんな寂しそうに笑うんだ。
一応、悪いって思ってくれてるんだ。
『いいよ、別に。 とっくに駄目だったもん』
いつからか、智志との終わりを考えてた。
いつか終わるんだって、自然と思ってた。
高校生の時の智志は、もういないんだって……
最近は、そればっかり思ってた。
『あー……新しい恋愛しよー』
もっと素敵な人を見つけて、智志と出来なかった事をたくさんするんだ。
デートしたり、お茶したり、カラオケ行ったり……
『もう出会ってんじゃん。 いつでも会える距離にいるし』
そう行って笑う輝。
『馬鹿…… 名前も知らない人なんか嫌だよ?』
『それは、綾香の頑張り次第って事で!』
……ふふ、そうだね……
輝の本当の名前を見つけたら、少し考えてみるよ。
見つけたら……ね?

