誰も乗らない小さなローカル単線列車は、海を突き進み、竹林の中へと入っていった。

風が吹くごとに竹が揺れ、揺れた竹が新しい風を起こして、隣の竹もつられて揺れていった。

私はその様を写真に収めようとしたが、ボンヤリと映るだけでうまく納められなかった。

私はため息をついてその写真を消そうとしたときだった。

「それも思い出ですよ」

彼女は列車の窓を少しだけあけて、風に髪をたなびかせた。

「あまり綺麗に撮れなかったし、また上手に撮れたときのを撮れればいいかなぁって」

私はカメラに映った形にならない笹林の様子を眺めていた。

「今という瞬間は今しか来ないと思う。その想いを何でもいいから残しておきたいと思い、私はカメラを手に取ったのだ」

優子はボロボロの雑誌の切れ端を手にし、掲載されている写真の横に小さな文字で書かれたワンフレーズを読み出した。

私はハッとして写真を見つめ直した。

「私はこのスピードの電車内からシャッターを切ろうとさえしませんでした。でもこの電車は林の奥地を通る唯一の方法かもしれません。だとしたら、その写真は簡単には撮れないものだと思います」

優子はその写真をじっと見つめていた。

「もしよければ、写真を精査するそのときまでは、写真をとっておきませんか?」

彼女の言いたいことはよくわかっていた。

自分がとても美しいと感じたものは、仮に写真にうまく納められなくても、思い出として蘇る。

私は静かにカメラの電源を切った。

「私も今思い出した。写真は成果じゃない。大事な思い出を引き出す手助けをする品だ。その写真を通じて、今度はみんなで同じ思いを共有したい。だから私は・・・」

写真家になった。

私は徐々に涼しくなる風を受けながら窓の外を見た。

優子も隣で景色を眺めながらゆっくりと目を閉じた。

しばらくすると列車はアナウンスなどされる間もなくゆっくりと停車した。