――ほ、ほ、ほたるこい
暗闇の中に、消え入りそうな歌声が聴こえる。
人は足を踏み入れないような山の奥、少し開けた場所には、ちいさなちいさな泉があった。少し大ぶりな水たまり、と形容してもあながち間違いではないその泉のほとりに、少女が立っていた。真っすぐな黒髪の、目の大きい、肌の色がまるで抜けるように白い少女だった。夜気に吸い込まれるような歌声は、どうやら彼女のものらしかった。
少女は素足を泉に浸して、また細い声で空気を震わせた。
――こっちの水はあまいぞ
少女の歌に吸い寄せられるように、いつしか周囲には蛍が飛び交いはじめていた。光に囲まれて、少女の白い輪郭がぼんやりと浮き上がる。
――こっちの水はあまいぞ
いよいよ蛍は数を増してきた。少女の頭上を飛び回るもの、頭に、腕に止まるもの。まるで、光を少女自身が放っているようにさえ見えた。
やがて、光がはじけた。蛍が散ったあと、泉に人影は、なかった。