最後の言葉はわたくしに向けられました。わたくしは頭を垂れる以外に仕様がありませんでした。
「名は」
「く…」
 わたくしはそこで言葉を止めました。もう、猫のわたくしは死んでいるのです。紅朧と名乗っては仁央様を困らせるだけでございますから。今のわたくしは、人間の女でございます。
「べに、と申します」
「紅か…」
 仁央様はそう残して、わたくしの遺骸を胸に抱いて奥へお入りになられました。
「紅」
 代わってわたくしの名を呼んだのは、晶のお婆様でございます。
「はい」
「私はこの家の勝手を取り仕切る、晶といいます。こちらは松。紅、今はどこで暮らしているの」
「それは…」
「…まあ、人もそれぞれです。人に言えないこともありましょう。紅、」
「はい」
「巳の刻までに支度をして、また屋敷に来なさい。ね」



 わたくしは猫として長くこのお屋敷におりましたので、一通りにお婆様が教えて下さいましたが、大体の勝手は既に知っております。家のことはしたことがありませんでしたが、蓮華御殿の方のお力か、何をどうすれば良いのかなどは自然とわかりました。藤和のお屋敷の方々は皆優しく、わたくしは人間として、以前のように仁央様のお側に行くことはできませんが、楽しく暮らしておりました。

 お庭の隅に、小さな、わたくしのお墓がつくられておりました。