「晶、晶のお婆」
「何でしょうか、仁央様」
「紅朧はどうした。彼奴、洞院の屋敷まで来たのだ」
「まあ、それで昨夜は…紅朧は、今日はまだ見かけておりませんが」
「晶様!あ、仁央様…紅朧が…」
「紅朧がどうしたのだ」
「松や、落ち着いてお話しなさい」
「…とにかくこちらへ」
松様を先頭に、三人が広廂へおいでになりました。わたくしは、す、と腰を低く屈めました。
「お前は?」
「今朝方、八角小路にてこれを…」
そう言って、わたくしは持っていた包みを御三方の方へ差し出しました。仁央様が素足のまま御庭へ降りて、その包みを開かれました。
「おお…」
その中には猫の紅朧の死体が入っていました。
頭と足と尾が残っていました。首の唐紐も。しかしわたくしの体は、飢えた野犬に大体を食べられてしまっていたのです。
「紅朧…」
わたくしは仁央様を見てはっといたしました。泣いておられます。わたくしの死体を見て、その美しい両の目から涙をこぼしていらっしゃるのです。仁央様がわたくしの死を悼んでいらっしゃるのです。
「その方、何故泣く」
仁央様がわたくしを見ておっしゃりました。わたくしは泣いているのを自分で気付かないでおりました。
「その…藤和の仁央様が涙を零されるほど、その猫を慈しんでおられたことが…わたくしは親に捨てられたので…何とも…」
「そうか…お婆、」
仁央様は、ぐい、と袖で涙を拭かれました。
「はい」
「この女を雇いなさい。紅朧をみとったのと同じだ、仕えてもらおう。良いね」



