「まあ」
「めずらしい、紅朧が私以外の膝に…」
申し訳ございません、仁央様。
「触っても宜しいですか?」
「紅朧は嫌がらないのか…ならば」
「やわらかい…あら、喉を鳴らして。この唐紐も精緻なこと…くろう、綺麗な黒猫…」
上手な撫で方。暖かくて軟らかい膝の上。
「仁央様、目が恐いわ」
「そうか?」
「妬いていらっしゃるの?紅朧に?それとも私に?」
「みゃあ」
「…妬いてなどおらぬ。ただ、似ていると思うてな」
どういうことでしょう。
「どういうことですか?」
「そなたと紅朧が」
まさか。
「まさか」
こんなに美しい方にわたくしが似ているとおっしゃるのですか?
「こんなに美しい猫に私が似ているとおっしゃるのですか?」
「黒光りのする髪など特に…」
そうおっしゃりながら、仁央様は綾様の髪を一房持ち、それに口を付けられました。そのお姿の麗しいこと。綾様もわたくしも、そのお姿に見とれてしまいました。
わたくしはこれ以上の長居はお二人の邪魔になると思い、綾様のお膝を降りて洞院のお屋敷を後にしました。来た道を帰ります。
「仁央様?妬いていない、というのは嘘でございましょう?」
「なぜ」
「だって、紅朧がいなくなった途端…こんなに…」
「…綾殿も、であろう」
「私?」
「ああ、紅朧に妬いていたな?」
「それは…仁央様が紅朧を、私の猫だ、とおっしゃるのですもの。仁央様は、人見知りなさる紅朧が私の膝に易々と乗ったから、でございますね」
「またっくだ…どうすれば許される?」
「おあいこですわ…でも」
「でも?」
「呼ばれてみとうございます…仁央様…」
「私の…綾…と?」
「…ええ」
「何度でも呼ぼうぞ…私の綾…私だけの綾…」



