素敵な御庭でございます。花をつける木があちらこちらに植えられていて、例の桜と思しき木も緑の葉をつけております。わたくしは洞院の綾様が住まうお屋敷に入りました。
仁央様と洞院の綾様は褥にて共にお休みになっております。わたくしは息を飲みました。漏れて入る月の光に映える、綾様の肌。まるで雪のようでございます。ふっくらとした頬。そして絹の様に艶やかな黒炭色の髪。閉じた瞼を飾る睫も長い扇形。
「みゃあ…」
わたくしは綾様に向かって小さく鳴きました。その睫が震えます。仁央様に愛された御方、目を開いてお顔を拝見させて下さいませ。
「…紅朧?」
ぐっすりとお休みになっているとばかり思っておりました、仁央様が綾様より先に目を開かれました。
「みゃあ」
「紅朧…お前どうしてここに…」
「仁央様?…まあ、猫」
お二人は体を起こされました。わたくしは仁央様のお膝に乗ります。綾様は燭台に火をともされました。
「仁央様、この美しい猫は?」
「美しい、か。良かったな」
「みゃあ」
仁央様がわたくしの頭をいつものように撫でます。
「くろう、という。私の猫だ」
「くろう…どのような字を書きますの?」
「紅に朧で紅朧だ」
「ご立派なお名前ですね」
綾様がわたくしに微笑みかけます。わたくしはその美しさに惹かれ仁央様の膝を出て、綾様のお膝に乗りました。



