ふ、と仁央様が微笑まれました。少し哀しそうと思ったのは何故でしょう。
「はじめは、紅という女に紅朧が憑いているのだと考えていた…」
「…わたくしは」
「まだ言うか?」
仁央様は笑んだままです。わたくしを叱るお言葉ではなく、わたくしを鎮まらせるお言葉です。
「今、ぽつぽつ言うていただろう」
そうですね、これ以上の足掻きは見苦しいものに過ぎません。
「お前は紅朧で、人間の姿に蘇ったのだね」
「はい」
「…よく、帰って来てくれたな」
わたくしの頬に温かいものが落ちました。仁央様の涙です。仁央様、
「わたくしのために、泣いていらっしゃるのですか?」
「言わすな」
「仁央様…」
「何だ」
「わたくしは、お礼と、お別れを言うために戻って参りました」
仁央様は顔を強ばらせました。
「別れなど…」
不思議なものです。わたくしは何故かこんなに落ち着いていて、仁央様は揺れていらっしゃいます。
「仁央様」
わたくしは座り直し、仁央様に頭を下げました。
「わたくしは明日、月が南の空を通るときに消えます」
「きえる?」
「はい。仁央様に育てて頂き、紅朧はとても嬉しゅうございました。ほんとうに、わたくしは…」
「紅朧、」
「はい」
「それは、変えられぬことなのか?」
「はい」
「お前は、それでよいのか?」
「はい、変えられぬことは受け入れるだけでございます」
わたくしの、死も。



