「宮様より、藤和様が承諾されなかったら渡すように言い付かっておりました」
私はそれを受け取り開いた。
まさにあの御方の手。内容は、猫の育て方である。
私はどんな顔をしてその文を読んでいたのだろう。
しかしその末部は、私へのお言葉であった。
『…わたくしの心は、あなたの心の中にあの日置き忘れてしまったようです。けれども、わたくしとあなたはもう逢うことかないません。おわかりですね。ですから、この小さな猫をわたくしと思うて、あなたの傍にいさせてください。わたくしはあなたの近くにおります』
私は使いの者の手前、顔を崩すことを阻まれた。
「…わかった。今、宮様に返事を…」
「なりません」
私は顔を上げた。
「宮様は、返事は不要とおっしゃっていました。それは猫の飼い方に過ぎないのだから、と」
「…では、」
失礼、と私は自分の部屋へ行く。あの日に着た狩衣の、紅い入れ紐を解いた。それを二つに切り、手にして戻る。
「これを」
「これは?」
「この猫の首に飾ろう。その一端だ、宮様にお届けして頂きたい」
使いは頷いた。
ふと使いの傍らにある布を見る。子猫がいない。
使いは私の動揺を感じたのか、くすり、と笑う。
「そこにいますよ」
子猫は覚束ない足取りで、私の方へ向かっていた。指貫に爪を掛ける。
「乗りたいのではないですか?」
そうか、と私はそっと子猫を持ち上げ、組んだ足の上に置いた。子猫はそこが気に入ったのか、そこで丸くなる。私は子猫の首に紐を結んだ。



