「紅」

 その声にわたくしの頭がはっきりしました。
「仁央様…ここは…」
「私の部屋だ、いかがした」
 何時の間にわたくしは…。
「申し訳ございません、」
 わたくしは赤面して、その場を去ろうとしました。しかし、小袖の裾を仁央様が座ったまま掴んでいらっしゃいます。
「いかがした、と聞いておる」
 仁央様に見上げられる、というのは初めてのことで、わたくしの頬は火照るばかりです。そして仁央様は何をお思いになられたのか、わたくしの腕を引っ張り、その組んだ足の上にわたくしを座らせたのです。
「…仁央様…」
 部屋には誰もいません。空には燃えるような夕焼けがありました。
「言うてみ」
 仁央様はわたくしの背に体の重さをかけ、肩口に頭をのせております。手を組んでわたくしの足が動くのを封じ、わたくしは仁央様から離れるに離れられません。芳しい仁央様の香りはわたくしの中にとけ込んで、わたくしはそのまま消えてしまいたいと思いました。

「猫の…声がしたのです」
「ほう?」
「その声に呼ばれて…参りました」
「そして、私のところへ?」
「はい」
 仁央様が喉で笑っておられます。その僅かな動きさえ、わたくしを大きくゆらすのです。
「はい、とな。お前は猫の言葉がわかるのか?紅」
「…」
 あ、と心の中で小さく叫びました。そうです、人間は猫の言葉がわからないのが普通。
「いえ…あの…」
 わたくしが言葉に詰まると、仁央様はまたお笑いになります。
「広い世だ、そういう者も居るだろう。笑ってすまなかった」
「いえ」