ある日のことです。
「紅、」
晶のお婆様がわたくしを呼びました。
「仁央様がお呼びです。粗相のないように」
「はい」
何でしょう。
仁央様のお部屋。依然と変わらぬ香。
「紅でございます」
す、と衣擦れの音。わたくしは耳を傾けました。仁央様がわたくしの方へ向かわれる音に。
「紅」
「はい」
お顔を見ずとも、仁央様が柔らかく微笑まれているのがわかります。
「お前の拾うて来てくれた猫、あれには紅朧という名前があった…」
仁央様。わたくしのことをわたくしに話されて。
「美しい猫であった。艶やかな黒毛はしっとりとしていて、私が座っていると音もなく近づいては私の膝に乗っていた。その重さも心地よくてな…」
仁央様の言葉が止まりました。わたくしはそっとお顔を伺います。
仁央様はとても遠くを見ておられます。その先にあるものは何でございましょう。洞院の綾様のお屋敷でしょうか。
どこかで鳥が鳴いております。
「紅」
「はい」
しばらくして、仁央様は再び言葉を紡ぎ始められました。
「お前に託したいことがある」
「はい」
何故か、仁央様はくすりと笑われました。
「お前は、何を言うても、はい、はい、と答える」
わたくしには返す言葉はございません。
「託したいことはな、紅朧の墓の世話だ」
「紅、」
晶のお婆様がわたくしを呼びました。
「仁央様がお呼びです。粗相のないように」
「はい」
何でしょう。
仁央様のお部屋。依然と変わらぬ香。
「紅でございます」
す、と衣擦れの音。わたくしは耳を傾けました。仁央様がわたくしの方へ向かわれる音に。
「紅」
「はい」
お顔を見ずとも、仁央様が柔らかく微笑まれているのがわかります。
「お前の拾うて来てくれた猫、あれには紅朧という名前があった…」
仁央様。わたくしのことをわたくしに話されて。
「美しい猫であった。艶やかな黒毛はしっとりとしていて、私が座っていると音もなく近づいては私の膝に乗っていた。その重さも心地よくてな…」
仁央様の言葉が止まりました。わたくしはそっとお顔を伺います。
仁央様はとても遠くを見ておられます。その先にあるものは何でございましょう。洞院の綾様のお屋敷でしょうか。
どこかで鳥が鳴いております。
「紅」
「はい」
しばらくして、仁央様は再び言葉を紡ぎ始められました。
「お前に託したいことがある」
「はい」
何故か、仁央様はくすりと笑われました。
「お前は、何を言うても、はい、はい、と答える」
わたくしには返す言葉はございません。
「託したいことはな、紅朧の墓の世話だ」



