「貴ボン、髪の毛生えて良かったね。」
 残された二人。京子が言った。

「あ…ああ、本当だよな。」

『気付いてないんだ、かつら』少し安心するヨッタ。

「私のトラウマなのよ。」
 京子はガラス窓越しに、外の街並を眺める。



 石畳でおおわれた、通り沿いは、明治の匂いを思わせる街灯と、お洒落な店の明かりによって、幻想的に輝いている。


「あ…あのさ、聞いていいかな、ハゲを見ると笑いだす病って、一体…」
 ヨッタは京子を見つめる。

 京子はヨッタの方を向き直った。ひととき沈黙がある、やがて話しだした。


「私が小学生の時、お父さんが死んじゃったの。急な交通事故で。私悲しくて、ずっと泣いてたわ。」
 寂しげに語る京子。目の前のグラスの氷がカタンと音を発てて溶けた。

「お葬式の時、最後の挨拶だって、棺(ひつぎ)の中のお父さんを、見つめたの。私『お父さん、起きて』って、抱きついたの。」

「お父さんを、そんなに好きだったんだ。」
 ヨッタが言う。京子はコクリと頷いた。

「お母さんは、『もういいでしょ』って私を引き離そうとしたの。私、『いやーだ』って抵抗したわ、そしたら…」
 京子が言い籠もる。

「…そしたら?」

「お父さんの髪の毛が、取れちゃって…お父さん、かつらだったのよ!」
 京子が叫ぶ。周りの客が振り返った。

「き…京子、声が大きいって。」

「私、ショックで笑っちゃって。…その後、お坊さんの頭を見て、式が終わるまで笑いっぱなしだったのよ。」

「…」
 言葉もないヨッタ。