「そう言や、将太郎さん、今日も来てないすね。」
 ヨッタが千秋に視線を向ける。

「ああ、あいつは、あのあざらし探しに行ってるよ。『あざらし捕まえて、毛生え薬作って、悩める者共を救う』だってさ。なんでも百人程人を雇って、“山手”辺りを探してるらしいよ。」
 千秋が言う。

「凄いね。困ってる人の為に、頑張っているんだ。」
 京子が感嘆の声をあげる。

『自分の為だ。』そう思う、ヨッタと千秋。

「まあ、あいつの事は置いといて、鈍平さんはどうしたのさ?」
 千秋が訊ねた。

「鈍平さんなら、今日から出社するらしいわ。風邪も治ったらしいし。それとね今日から、新しい社員が二人、入社するらしいわ。鈍平さんの親戚らしいわね。」
 京子が言った。

「ふうーん。流石、鈍平さん。一族のコネか。」

 鈍平の妻である鈍子は、何出弥製作所創立者の一族だった。だから会社内では、ある程度の権力を握っていたのだ。

「そろそろ朝礼の時間だから、私行くね。」

「ああ、またな。」

 そして、京子は朝礼の準備の為、去って行った。

「…ヨッタよぉ、なんかさ、さっきから後ろでチョロチョロしてねぇか?」
 千秋が言った。

「ち…千秋さんも気付きました?」
 言ってヨッタはそっと後ろを覗き込んだ。

 二人の後ろで、誰かが、物陰に隠れつつこっちに近づいてくる。

「…」
 不意にヨッタと、その誰かの視線が重なった。

 髪を“七三”に分けている。そして“たこ”の様な顔。

「た…貴ボン!?」
 ヨッタが呟く。

「よ…よお、ヨッタ・千秋さん。久しぶり。」
 貴ボンは、何事も無かったかのように近づいてくる。

「オッス貴ボン。何だよ、その頭、イメチェンか?」
 貴ボンの七三を見て、千秋が訊ねる。

「それは…」
 説明しようとするヨッタ。それを貴ボンの肘鉄が止めた。

「ま、そんな所ですわ。そういう千秋さんこそ、坊主頭ですか。爽やかですね。」

「ははは、まあな。」

 その時、始業を知らせるチャイムが鳴った。

「さてと、仕事始めるか。」
 千秋は朝礼の為歩きだした。