嵐のように降り続ける、春の終わりを告げる雨。
ぼくはただ、ひたすらに走った。傘も持たず、濡れることも気にせず、ただ、ひたすら。
そして‥
「雨で滑って登れないよっ待ってっ待って! お願いだよぉっ」
叫び過ぎて枯れたその声は、もう‥届かない。
「やだっやだやだやだ! やだっ!!」
泣いたって、叫んだって、叩いたって、どうにもならないことは解ってるのに。
「うわーぁああんっわぁぁああんっあ゛あ゛ぁあぁ-‥」
それでもそれは、非情にひらひらと流れた。
その時、
「出来るよ。望んで‥」
「‥、え?」
聞き慣れた声に振り向けば、ニッコリと微笑む“ぼく”が居た。
「クスクスクスクス」
喉を揺らす笑い声が静かに聞こえる。気がつけば、ぼくと“ぼく”の周りだけ、降りしきる雨が止んでいたんだ。
「出来るの?」
「うん。きみが夢を見さえすれば、なんでも出来るんだ」
もう1人の“ぼく”は『望みを夢に乗せて眠って。そしてまた、ここへおいで』と声を残し、スゥ‥と消えてしまった。
その夜、ぼくは強く望みをかけて眠りにつく。
--そして翌朝。小鳥の鳴く声で目を覚ますと、窓から射し込む光が眩しかった。
「もしかして--」
ぼくは着替えもそこそこに、またあの場所まで走った。
残っている水たまりに足を突っ込んでびちょびちょになりながらも、ひたすらに走った。
残る水滴が朝陽にキラキラしては滑り落ちる。
風は春を夏へと運び、もうすでに青臭さを纏っていた。
「はぁ、はぁ、はーぁ……あったぁ」
見上げれば、ひと枝だけ見事に残った桜の花。
ぼくはよじ登って手折り、また走る。
大事に大事にそれを抱えながら。
ガラガラガラ‥
横開きのドアを開ければ、ピッ‥ピッ‥ピッ‥と規則的に鳴る機械音。
ぼくはそこに近づき、今しがた手折ってきた桜を見せる。
「ほらっお母さんの大好きな桜だよっ。ちょっとびちょびちょだけど、残ってたんだ」
それでも反応はない。
「早く起きてね? お母さん‥」
うとうと、うとうと。
まだ春は終わっていなくて、暖かな陽射しの中で眠りについた。
大好きな、お母さんの手を握りながら。
そして……
頭を優しく撫でる温かい手で、目が覚めたんだ。