中学一年
 
かすかな記憶がある。
ほのかに香るような薄い記憶。
始めて、その夢を見たのは小学校四年で、そのときは断片的にしか垣間見えなかった。
夢からこぼれる二人の声もよく聞き取れない。
服装も、まわりの風景も、顔もわからずに、ただ幼稚園児ぐらいの年恰好のぼくが同じ年ごろの誰かと話しているぐらいしかつかめなかった。
高学年になると、その夢路は一瞬一瞬切り取られたような写真のようなものから映写機から映し出されるスクリーンのようになっていった。
話し相手の顔は鮮明になったものの、問いかけてくる声はまだ絞られていて、ほとんど聞きとれなかった。
まるで音声が出ない昔の映画のようだ。
その夢の最後には、必ず青く透き通るようなガラス石が、ぼくの手のひらで不思議なほどかがやきを放っていた。
そして、そのきらめく青いガラス石は現実の世界のぼくの引き出しの中に、確かに存在していた。
それは物心がついた時にはすでにあったので、いつから手元に置いてあったかは覚えていない。
いつのまにかおもちゃ箱の中に見慣れない物が加わっていた、ということはよくある話だ。
ぼくは幼い頃から整理整頓は苦手で、部屋を汚くしていると、きまって母さんがいらついた顔と大きな黒いゴミ袋を対にして部屋に現る。
滅多に怒らない母が、入るなりがなり声を立てながら、散らかっているものをかたっぱしからその黒いビニール袋にポイポイと吸い込まれていったけれど、どういう訳か、このガラス石だけはその犠牲になることはなかった。
その後も散らかっていた部屋に幾度となく無造作に放置さていた。
多大なおもちゃの犠牲者を払いながらも、それだけはなぜか戦火にあうことなく生き残っていた。
母さんが意図的に残したのか、なんとなく残ったのか、はたまたこの石が宿している神秘的な力なんだろうか、とにかく子どもながら不思議に思っていた。
「ねぇ、どうしてこの石だけは捨てなかったの?」と母さんに何度も訊こうとしたが、それを言うと次は意地にでもなって捨てられそうだったので、言いかけた言葉をそのつど飲み下していた。