「か、帰る…」


このやばい状況の中を抜け出すため、身を翻して帰ろうとする私に、彼は私の鞄を掴み引き留める。


「待てよ。何で帰ろうとしてるんだよ?宮林に追っかけられてたんじゃなかったっけ?」


「だ、だって私たち赤の他人なのになんでかサッカー部の部室に来てるし。それに…」


「それに?」


…密室だし。

続きの言葉を催促されたが、その言葉は口に出さずに俯いていると、沈黙が流れた。


お互いずっと黙っていて、どうしていいかわからず、私は俯いていた顔を上げて再び彼を見ると、すごく至近距離で私を首を傾けながら見ていて、そのあまりの近さに頬が熱くなっていくのがわかった。


真っ直ぐと私を見る瞳は何の曇りもなく、澄んでいてとても綺麗で、じっと見とれてしまいそうだった私は、慌てて顔を背けた。



その一部始終を見ていた彼は、慌てて顔を背けた私に少しびっくりしていたが、この一瞬で何か感づいたのか、段々と口の端が吊り上がり、終いには、にやり。と効果音が付きそうな笑みを浮かべた。




こんな笑みを浮かべる時は、大抵人はよくないことを考えてるって、馬鹿な私でもわかります…。