「役所仕事って言うけど、役人だってそれぞれでさ。良い人もいるのよね。」
お母さんも意固地なお父さんに腹が立ってきて、だんだん涙ぐんできた。
「子供の将来を考えて」とか
「一時の感情で決めちゃ後悔する」
とか、戸籍係の人はお母さんの味方をして熱心に話してくれたそうだ。戸籍係の前でする会話としては随分と誤解を招きそうなセリフだった、とお母さんは言う。
「まるで離婚の話みたいじゃない。小耳に挟んだだけなら絶対、そう聞こえたと思う。」
で、その後、お母さんの話の続きによると…
トドは吼えた。お父さんは日頃は本当に温厚で大人しい。私たち家族は密かに彼のことを〈陸(おか)にあがったトド〉と呼んでいる。休日なんて暇さえあればソファの上でぐずぐずしてる。一日、本を読むかテレビを見て過ごす。メタボリック症候群、まっしぐらって感じ。で、大きな体をしているわりには、滅多に大きな声も出さない。でもトドは実は怪獣なのだ。いや海獣だっけ。巨大な体を震わせて吼えるとなかなかの迫力。怒らせると結構、恐ろしいのだ。
戸籍係の人は思わず立ち上がって逃げようとした。食べられるとでも思ったのかな。それから、約二十分間、怒りの怪獣(海獣)と彼は健気にも頑張って渡り合った。トド父さんは、こういう時は日頃とは別人のようにおしゃべりになる。まさに理屈、屁理屈並び立て相手がげんなりするまでまくし立てる。学生時代の弁論サークルでも
「ディベートでは負けたことがない。」
と日頃から豪語している。でも、お母さんに議論や理屈は通用しない。戸籍係もこの夫婦に付き合いきれなくなったらしい。
「基本的にですね。そういうことはご家庭内で決めてからですね。来てくれませんか。これ以上は業務に支障がでますので…」
それから、お母さんの顔を見て、言った。