食パンを落としたんだよね。
なんであれ、バター塗った方が下になるわけ?
俺の人生、いっつもそんなもん。


彼がそう言ったとき、笑っちゃいけないんだけどおかしくて仕方なかった。
そういえば、誰かが言ってたっけ。
「笑いってのは、どっか悲しい部分があるものが本物」
みたいなこと。
だったら、一見悲劇に思えることだって、簡単に喜劇に姿を変えることができるかもしれないね。


そう思わせてくれて、ありがとう―陣(じん)。


ざわざわと、心地よいたくさんの人の声が聞こえる。
それぞれトーンを抑えながらも、すきなようにはなしている。雑踏とは明らかに違うその音が、あたしわ好きだ。


深呼吸を繰り返す。
うん、今日も調子わ良好。


床スレスレのドレスのすそを指先で持ち上げて、あたしわステージの真ん中え颯爽と歩いていく。
さぁ、今日も心地いい歌を、このカラダで奏でてあげる。




「やばいよー。あたしの客、絶対マジになってるし」
控え室で、アルコールと煙草で焼けた声が暗く呟いた。
うちの店のナンバー2、愛さんだ。
ネオン街の片隅、その中でもちょっと敷居の高いクラブ[月下美人]。


あたし、沢木真衣(さわきまい)は、ここで歌を歌って生きている。
と言っても、プロの歌手とかそうゆう立派なものじゃい。
このクラブは叔父が経営していて、あたしわ縁故採用。
前の仕事を辞めたあたしを叔父が誘ってくれたのだ。