「待った?」

「ううん、今来たとこ」

春美と呼ばれた女は軽い嘘をつく。

「べつに走らなくていいよ」

「そんなわけにはいかんだろ」

ふふふ、と笑いながら30分前には噴水の下にいた春美は、優しく男の汗を拭った。

「ねぇ文也」

「ん?」

「握手しよう」

「何で?」

答えを言わずに、春美は文也の手を握る。

「うわっ濡れてる」

文也の様子を見て笑う春美につられて、文也も笑ってしまった。

子どもたちの笑い声と彼らの笑い声はまるで違わない。

文也は春美の腕を掴んで走り出す。

笑いながら、2人は走った。

走ることに意味など無いが、走らずにはいられなかったのだ。