「拓海…!」

雅明が涙目になって彼の名前を呼んだ。


「拓海さん…」


真理も先程の光景がまだ残っているのか震えていたが名前を呼んでくれた。


「つっ…!早く…逃げろ…!」


歯を食い縛りながら拓海は叫んだ。


「馬鹿野郎…!お前を残して…逃げられるわけねぇだろうが…!!」


俺もありったけの声を出して拓海に言う。

そこに2つの死体があるのも…今、逃げなければ殺されるのもよく分かっている。


だってその2つの死体の生きていた姿を知っている。


でも、拓海を置いて逃げることなど…できない。


拓海を3つ目の死体に等したくなかったから。


しかし、拓海はそれを許してくれなかった。

「馬鹿野郎はテメェだ、怜!!今、逃げなくてどーすんだよ!!みんな、こいつに全滅させられて…いいのかよ!!テメェが居なかったら文太を…誰が殴るんだよ…!」

いまだに蹴られ続けている拓海は廊下に響き渡る声で俺を怒鳴り付けた。


「そんなこと…分かってる…でも!!」


「なら行けよ!!これは俺が勝手にしたことだ…!自分の尻くらい自分でふく!…グァ…!」


痺れを切らしたのか鬼は拓海の頭を踏みつけて力を込め始めた。


「拓海…!」


「いや…だよ、拓海…!昴を失ったのに…君まで失うなんて…僕は…いやだよ!!」


ついに涙を流した雅明が叫んだ。


そんな雅明を見て拓海はフッと笑った。


「雅明…。へへっ。お前は相変わらず優しいな。…ごめんな。さっきは酷いこと言って…」


「そんな…こと、ない…そんなこと…!」

首を左右に振りながら雅明はそう言った。


「本当ごめんな…。…怜」

ミシミシと頭を踏みつけられている音が聞こえる中、拓海は俺に話しかけた。


「お…れ、馬鹿だがらさ…もう゛…ごれしか、でぎないんだ…!」

頭を踏みつけられているので段々と言葉がおかしくなってきている拓海。

拓海の頭が潰されるまで…もう僅かだろう。


「ざっぎなぁ…俺も、ずばるを…ごんな風にお゛いでったんだよ…。だがら、づらいのは…よぐわがるんだ…。でも…頼むよ…。ざいごまで…めいわぐ…がけたな…」


俺の顔を見た拓海は笑った。

ーーそうだ。拓海は唯一…昴の死を見た人物。鬼に捕まった昴に同じように言われて身を切るような想いで走ってきたのだろう。


…俺達を守るために。


「ずばるには…もう…壊す水晶ば…緑だげにじろっで言われだんだけど…おれも…皆を守りだいんだ…!我儘でざいでいな奴だった俺だけど…!でも、守りたいんだ…!最期まで我儘なおれだっだげど…!だのむよ、怜…。俺のがわりに…文太や雅明を…守ってぐれ…!」


今にも潰されそうな拓海は笑いながらそう頼んできた。


馬鹿野郎…!


確かにお前は頑固な奴だったけど…1度だって我儘だって思ったことないのに…!


でも、このままここで立ち往生していたら拓海の頭が潰されるだけではなく…雅明や真理にまで危害が加わる。


それは論理的には分かってるさ。

だけど…!俺は人間だ…!


完璧じゃない。


だから、心がそれを頑なに拒否しちまうんだよ…!


でも…!!


「拓海!そんなことないよ…!だから、そんなこと言わないで…!」


雅明は涙を流して訴える。


真理も動く気はなさそうだ。

…畜生。


それを分かってて…俺にそんなこと頼んだのか…。

本当にお前は馬鹿野郎だよ…。


大馬鹿野郎だ…!


ギュッと俺は目を強く瞑って…



「…行くぞ!2人とも!!」


泣く雅明と放心状態の真理の手を引っ張った。


「怜!?やだ…!待ってよ!」


「怜さん…!?」


そんな俺たちの姿を見て安心したのか、拓海は笑って最後にこう言った。


「ありがどう…怜…。また…な」


「!!!」


俺は思わず後ろを振り返る。


そこには、死ぬと言うのに笑顔の拓海。


「馬鹿野郎が!!折角昴がくれた命なのに俺らの為に使いやがって…!でも、安心しろ!お前の命無駄になんかしない!!今度あった時は…テメェと文太を殴ってやるからな!」


俺のその言葉を聞いて拓海はまた困ったように笑った。


「うん…。待ってるぜ」


そう言ったのと同時に、鬼は今まで踏みつけていた足で拓海の頭を思い切り蹴った。

バキッという嫌な音が響き、拓海の体はそのままドサッと音をたてて地面に叩きつけられた。


「拓海!!」


雅明が悲痛な声をあげた。


そして、その声に反応したのか、鬼はギロリと雅明を睨み付け一瞬の内で雅明の、前に行った。


「雅明!!」


「雅明さん!!」


鬼は既に右手を振り上げている。


その手で裂かれれば…あの二人のように肉が裂け、内蔵が見えることは見ていたため安易に予想できた。


なので、俺はすぐに雅明に飛びかかった。


--ザシュッ!


「つっ…!」


ドサリと俺らは床にスライドした。


「雅明!大丈夫か!?」

俺はすぐさま下に居る雅明に問い掛ける。


「うっ…だ、大丈夫…」


そう言う雅明だったが、左腕に切り傷が、あった。

しかし、間一髪のところで死は免れたようだった。


鬼がまた雅明と、俺を切りつけるために右手を振り上げた…が。


ガシッ


「!?」


鬼の動きがとまった。


「この…やろ…う…!」


「!拓海…!」


鬼を止めたのは拓海だった。


顔は血塗れで最早動くこともままならないであろう、拓海が鬼の足にしがみついたからであろう。


「誰…が…ギブ…アップ…なんて言ったんだよ…」


足をつかむことですら大変なはずなのに拓海は足をつかんで離そうとしなかった。


「怜…。今のうちだ…!」


「つっ…!任せろ…こいつらは…俺が…守ってやる!!」


俺は二人の腕を掴んで、走った。


決して振り返らずに。


振り替えれば…後悔が俺を襲う。


だから、前だけ見て。


俺には…それしかできなかった。


曲がり角を走り去った瞬間だった。


ーーザシュッ…ドサッ


遥か後ろで何かが裂かれる音と倒れる音がやけに大きく聞こえた。