私は走らなかった。 いつもと変わらない同じ速度で、穏やかな気持ちで挑みたかった。 「誉ちゃん……」 視線の向こうには、確かに奴が居た。 こんな時でも、 仁美君は優しく微笑んでいる。 この笑顔も、もう見れないとなると何だか笑えた。 惨めな自分を笑った。 男に負けるなんて端から見れば惨め過ぎるわ。 あぁ、寒い。 夜はまだ冷えるのね。 終わるなら、早く終わらせよう。