イラツエ

とりあえず台の下から這い出ると、男が先程入って行った扉に案内された。


今居た部屋よりは一回り程小さい部屋に、テーブルと椅子。
正面にはカーテンが引かれている。窓だろうか。

テーブルの上には真っ白い皿に盛りつけられた食べ物。

ふんふんと臭いを嗅ぐ。

食べろと差し出されたが…。
血生臭くない。
焼けた、香ばしい匂いがする。
なんだ?
『血の、臭いがしない…』
普段の食事は血と腐臭がした。
『血の臭いがした方がいい?』
柔らかい声で聞かれる。
緊張してぴんと立っていた耳がぺたりと下がるのが分かる。
嫌な事を思い出したからだ。
嫌だった。
でも食べないで体力を失って喰われるのも嫌だった。
限界まで腹を空かせて、なるべく噛まないで飲み込んだ。
それでも自分のものではない血の金臭い味に、堪えられない吐き気を止められなくて嘔吐した事もあった。
『こうやって食べるんだよ』
細くて綺麗な指が丸くて茶色のものをちぎり、汁につけて頬張る。
ふわり、なんだかいい香りが辺りに香る。
『これは、パンていうんだよ』
ちぎられた半分のパンという物を手渡される。
『スープにつけて柔らかくして食べてね』
こんな風に、ともう一度見本を見せるように口に入れる。
恐る恐る同じ動きをする。
パンは、ボロボロ崩れ、スープが垂れる。
舌を伸ばして受け止めつつ、パンも口に含む。
暖かく、ほのかに塩気のする今まで食べた事のない味が広がる。
『お、いしぃ……』
今まで食べた事のない味に驚く。

美味しくて、血の味のしない食べ物が嬉しくて、急かされるように両手でパンを掴み口に押し込む。
喉を通り過ぎる前に次を押し込むので、ぼろぼろとパンくずは口から溢れ、詰まり咳き込む。

『大丈夫だよ、無くならないからスープにつけて食べて』

耳元で喋られた感じた瞬間、パンも放り出して飛び退く。
背後に近寄られた事に気付かなかった。
反射的に動いた爪が男のキレイな頬に赤い傷痕をつけていた。

自分にはない透明な白い肌と淡い金髪のこの男を傷付けたということが、とてつもない罪を犯してしまったような錯覚をする。

何人も昨夜傷付けたのに何故と、自分自身に驚き狼狽える。


赤い爪先と男を交互に見る。


傷付けてしまった。


敵対行動を取ってしまった。


怒られる。

罰を受けさせられる。
今まで受けた罰が蘇り、竦み上がる。

逃げるか、逃げられるのか……


逃げなくてはと思うのに、『罰』を思い出し、冷や汗が出て動けない。

そうしていると、男は一瞬アタシを見て驚いたようだったけどにこりと微笑んだ。


『ごめんね、驚かせちゃったね』

さっと拳で頬を拭うと、すぐに両の手のひらをみせ敵意の無い事を示してくる。


『もう、驚かせないから、ご飯の続きをしよう』

私の座っていた倒れた椅子を起こし、引いてさぁ座ってと待っている。

どうすればいいのか分からず、立ち尽くしたが、男はただ笑って待っているだけだった。
いつも『罰』を与えたりするあの人達の雰囲気と、男の纏う空気が全く違う事がアタシに少しの安心を与えるのかもしれない。
結局空腹にも耐えられず、男からどうしても悪意が感じ取れないので食事の続きを再開した。