食事の間は他愛もない世間話に終始した。車に乗っていた間にカーステで流れていた音楽の話から、僕の契約している音楽専門チャンネルでそのアーティストのPVの特集を今度やるといった話になり、できればそれを録画しておいて欲しいなんていう頼みを受けたり、先輩の話を教えてくれた女子社員の話題から、食事を終える頃には、先輩自身の過去の話になっていた。

「別にそんなに特別なことじゃないのよね」

「や、十分特別だと思いますけどねぇ」

「そんな風に云うけど、100パーセント信じてる?」

「うーん…そういわれると…恐縮ですけど」

「そうよねえ。すごく普通の応えよ、それ(笑)。十分まとも」

「すみません…」

「謝ることじゃなわよー。気にしないでいいよ」

「でも、なんというか、信じることは出来るって感じがあります。これも正直なところです」

「そうね。君もそうだけど、私達の世代ってやっぱり中高あたりでそういうブームがあったじゃない?だから下知識として受け入れることができる素地はあるのよね」

「ええ。自分もなんとなく知識だけはあります」

「だから、あたしもその頃ようやく受け入れることが出来たのよね。なんていうか、自分の個性に名前がついたとか、そんな感じ。原因不明の病気に名前がつくと安心するっていうのあるじゃない。あれみたいなものね」

「なるほど…」

「特殊な能力とか、特別とかじゃないのよ。ただの個性だと思ってる。あたしからしたら、100mを10秒で走るとかの方がよっぽど特殊な能力よ(笑)。それどころか100m泳げるってだけでもね(笑)」

「お、先輩泳げないんですか?」

「珍しいイキモノでも見る様な目でいわないでよー。一応泳げたわよ。中学の25mプールはね」

「往復?」

「…片道よ」

「そりゃあ…」

拗ねた様な表情でポツリと小さく云った先輩の言葉に、思わず吹き出しそうになってしまった。顔を背けて口元の笑いを隠そうとしたが、先輩はめざとく「なかなかにひどいよねぇ…まぁいいから飲み物とってきてよ。オレンジジュース」と、姉が弟を使い走りさせるような口調で、ドリンクバーを指さすと僕を追い立てる様に手をふった。