白い吐息


この気持ちは何?

嬉しいようで怖い…
琴の中で葛藤する思い。
閉じているドアに手をかける。
ゆっくりと開かれる生物室のドア。
琴は目を閉じていた。
シーンと静まり返っている室内。
暖かみも感じない。
琴はそっと目蓋を上げた。

「…白居…くん?」

広い室内には誰も居なかった。
いつもの席に真人のカバンもない。
琴は直感的に準備室を覗く。
しかし、何の気配もなかった。
しばらく待っても、姿を現すものはいなかった。

「当然か…」

琴は今日1日のことを振り返って呟く。

教室で真人を無視したことを今更後悔していた。
でも、真人の顔を見なかったことには理由がある。
見なかったのではなく、見れなかったのだ。
真人の顔を見たら、教師としての自分が崩れてしまうのが分かっていたから。
真人の顔を見たら、自分が自分でコントロール出来なくなるのを分かっていたから。

真人の存在が…
大きくなりすぎていたから…

見上げた黒板に思い浮かぶ文字。

I love Koto.

昨日の出来事がまるで昔のことのように思えた。

「真人…」

昨日、保健室で呼んだのは白居先生じゃない…

真人…

間違いなく、あなただったよ…


一目惚れなんて、有り得ないと思った…

ただ同姓同名に動揺したんだと思った…


でも、違う



初めてあなたと出会ったあの日…

私は…
私は恋に落ちたんだ…


「自分を誤魔化してたんじゃないか…」

自分に言い聞かせるように声を押し殺して吐く琴。
力が抜けて教卓にもたれかかる。
黒い机に透明の水滴が零れ落ちた。