時折風で靡くマントの内からは、フック型の鋭い短剣…それもよく使いこなされた刃物が差し込まれた、太いベルトが見え隠れしていた。
たっぷりと水の入った古びた桶を片手にぶら下げていた青年は、男の呼び掛けに応じて軽い身のこなしで足が減り込む砂漠の道を走った。
あちこちから往来する人、彼等が抱えた荷物、操る荷車の群れを縫う様に避けながら進む。
青年の向かった先には、取って張り付けただけの様なボロの屋根と、天井から垂れ下がる日差し避けの大きな麻布、おまけ程度に置かれた軋む椅子だけが並ぶ小さな住居…否、店が構えていた。
その中、しかめっ面で青年を待つのは、テーブルと称する積んだだけの木箱で頬杖を突く男、ただ一人。
この、何の店なのか一見分からない小さな店は、大きくも無いくせに大勢の旅人が行き交う街のど真ん中に仁王立ちしている堂々とした店で、故にその周囲は人の川で常に覆われているのだ。
一度たりともぶつかること無く男の元に辿り着いた青年は、はいどうぞと言わんばかりに男の眼前に桶を置いた。
「おいおい…水汲みだけでえらく遅かったじゃねぇか…どっかほっつき歩いてたんじゃねぇだろうな?」
目くじらを立てた恐面で正面から睨んでくる男。
髪と同色の、口周りに蓄えた髭でそれは物凄い威圧感を放っていたが…前にする当の青年は、別段怯えもせずに淡々と口を開いた。
「―――…井戸は今、旅人が水の補給でたくさん並んでいたから、しばらくは汲めないと思います。炎天下の中、嫌々ながらも並んで汲んできたんです。むしろ感謝してほしいくらいですけど?」
「この糞ガキめ。その雑用のためにお前を使わせてんだ。駄賃をやってる俺にこそ感謝しやがれってんだ……それとも何か?…駄賃はいらねぇか?」
「………それは困りますよ、オヤジさん…」
オヤジ、と呼ばれる店の主である男は意地の悪い笑みを浮かべると、青年の肩を軽く叩きながら「ほれ、次だ次」と雑用を促した。


