亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~


この猛暑の中、一定の速度を保ったままひたすら泳ぎ続けるバジリスクは、疲れというものを知らないのだろうか。

人間が歩いて最低でも一週間の距離を二日で泳いでしまうという彼等は、人の想像を超える恐るべき持久力と速さを兼ね備えている。
そんなバジリスクを飼い馴らしている人間は、力が無い代わりに頭で生きているらしい。
人間が人間の中で生きるのに欠かせないのは、狡猾さというものだろうか。


徐々に夜の冷気を孕んできた風が、舞い上がる砂埃を巻き込んでサラサラと何処かに運んでいく。
この殺風景な世界が良く言えば穏やかにも思えてくる中…不意に、周囲に広がる地平線の何処かから、地響きに似た轟音が迫ってきた。


音のする方向へ目を移せば、とある方角から小規模の砂嵐が地を削って疾走しているのが見えた。

砂嵐は規模の小さいものであればさして問題は無いが、巨大なものとなると、一度巻き込まれれば出ることが出来ずに上空に巻き上げられてしまうか、もしくは風の中に閉じ込められてしまう…危険で厄介な自然の猛威だ。


真っ赤な砂の塊が大きな口を開けながら大地を走るその様は、ただの風と分かっていても化け物の様に見える。
大規模であればあるほど黒ずんでいて、比較的速度は遅いが範囲は広い。

そのため、砂嵐が発生する時は、何処の街でも皆地下に避難するのが当たり前だ。






幸いにも、ロキとレヴィの後方を通り過ぎていく砂嵐は小規模なものだった。
だが、耳に余韻を引いていく風の音を背景にしながら、それまで黙っていたレヴィがボソリと口を開いた。



「………嫌な風だな」

「…あ?嫌って何だよ。…もっとでかい砂嵐が来るってことか?」

「それもあるが…」



恐らく、今晩辺りに大きな砂嵐が来るだろう。今過ぎ去っていった小さな風は、後にくる親玉の兆候に過ぎない。
…だが、そんな事はバリアンの民ならば誰でも察知出来る事だ。


レヴィはぐるりと、周囲を見渡す。