そう、何も無い。






照り付ける太陽だけが孤立し、我が物顔で偉そうに地上を見下ろしている広大な空は、何処までも青い色を帯びて続いている。



眩しい空の支配者の眼前を時折流れていく雲も、この日は何処を見渡しても欠片程も見当たらなかった。
嫌でも視界に入る真っ赤な砂漠は、身を焦がすのが仕事とでも言うかの様に、今日もたっぷりと熱い日差しを浴びて輝いている。

そこに足を踏み入れなければならないと思うと、自然…げんなりと頭を垂れるのが、この国で生きる全ての民に共通する仕草に違いない。


お天道様が日陰という猶予さえも与えてくれないのならば、地上の人間は日陰を作らなければならない。
この殺人的な暑さが蔓延る昼の世界では、影というものは命の水に相当するのだ。

生命の安住の地。
眩しい太陽の下の、唯一の居場所。
陽を制するには、陰を操らねばならない。



痛い日差しを遮る屋根が無ければ、人の生活は始まらない。







砂漠で生きる人間の歩みは、始まらない。













無から有を生み出す様に、人は常に生きるために何かを作っている。


人は生まれながらに、一人の作家なのだ。
















そんな何も無い、ただ暑くて眩しい不愉快な空をぼうっと見上げていれば…。
無音と化していた自分だけの世界に、この意識を現実に引き戻す確かな音色が鳴り響いた。




















「―――…ライ!!…聞こえてねぇのか!何をぼけっとしてやがる!!」





油断していた鼓膜を叩く、どすの効いた低い声音。
自分を呼ぶ男の怒鳴りに数秒の間を置いて、その一人の青年は振り返った。








よく日に焼けた赤褐色の肌を撫でる熱風が、青年の短い黒髪を少々荒々しく撫でる。

鋭い日光の下で佇んでいた青年は、まだ十代半ばか後半くらいだろうか。
凛々しさと、少しだけ幼さの残る整った顔付きはなかなかの好青年だ。

細身だが適度に筋肉も付いて引き締まっている身は、日差しを避けるためのマントとボロの衣服を纏っている。