「…おい、お前…!」

顔の判別も難しい雑踏の中だというのに、あのフェンネルの男はどれ程目がいいのか。
明らかに自分達二人に声をかけてきたのだと分かると、二人は視線から逃れる様に踵を返した。


「やべっ…!何してくれるんだお前!?」

「ずらかるぞ、ロキ」


こんな状況下で不敵な笑みを浮かべるレヴィに、連れの男…ロキは、「ふざけるんじゃねぇぞ馬鹿野郎!」と悪態を吐きながら器用に人混みを掻き分ける。



野次馬の中で不審な動きをしていれば、すぐに目につくものだ。
縫う様に群集の脇を通り抜け、逃亡をはかる二人の姿を見付けたバリアン兵士の一人が、大きく目を開いてやや興奮気味に…叫んだ。










「―――“白槍”だ!…黒もいるぞ!“黒槍”だ!!」














兵士の一言は、その場の空気を一瞬で異質なものへと豹変させた。






耳にするや否や、バリアン兵士達の目の色は変わる。

元々無造作に醸し出していた殺気が、更にどす黒さを増したのが肌で感じてとれた。
首を垂れていた刃が、天敵の気配を敏感に察知してむくりともたげられる。







「―――逃がすな!!街の門を閉めろ!」

「閉めろ!閉めるんだ!!」

「殺せぇ!!」






殺伐とした門前には、複数の刃と、本気の殺気と、耳をつんざく怒号が目茶苦茶に飛び交う。

…白槍と黒槍。
逃げた二人を追い掛けようと、バリアン兵士らは一斉に人混みに飛び込んでいく。
体格のいい物騒な男達が血眼で迫り来れば、前にした誰もが恐怖で道を譲るものなのだが……予想に反し、何故か兵士達の足はなかなか前に進まない。

「退けっ!……退けと言っているだろうが!」

掻き分けて進む兵士達に……民衆は、すんなりと道を譲らない。数秒経って気が付いたようにようやく動き出す。

皆、迷惑そうな…もしくは素知らぬ顔で兵士達を見返してくるばかりだ。



民衆の不可解な態度に苛立ちを隠せない兵士達は、剣を強く握り締める。

「………貴様ら……国家に刃を向ける賊共の味方をする気か!!」